準備金証明(Proof of Reserves、PoR)は、仮想通貨(暗号資産)企業が支払い能力を示すための監査プロセスです。「プルーフ・オブ・リザーブ」と呼ばれることもあります。準備金証明では、仮想通貨取引所が管理する顧客資産が、保有する準備金と一致しているかを確認します。
仮想通貨プラットフォームにとって、準備金証明はユーザーの信頼を獲得する重要なステップと言えます。プラットフォームが十分な流動性を持ち、顧客がいつでも資金を引き出せることが保証され、資金の透明性が確保されるためです。
仮想通貨を取り扱う企業は多くの場合、独立した第三者機関に依頼して準備金証明監査を行います。結果を公開することで、投資家が仮想通貨の保管アドレスなどの詳細を把握できるようにしているのです。
準備金証明(PoR)監査が重要な理由
かつて世界第3位の仮想通貨取引所だったFTXの崩壊は、仮想通貨業界の問題点を露呈させました。中央集権型の仮想通貨取引所における透明性の欠如です。
FTXとグループ企業が2022年11月に破産申請した際、バランスシートには68億ドルもの赤字が存在していました。グループ企業の負債総額は約116億ドルに達し、大半は顧客が預けていた資金や仮想通貨でした。しかしFTXが実際に保有していた資産は、わずか48億ドルだったのです。
事態の深刻さから、他の仮想通貨取引所に対するユーザーの信頼も大きく揺らぎ、多くのユーザーがプラットフォームから資金を引き出し、ビットコインなどの価格も暴落しました。仮想通貨コミュニティの信頼を回復し、FTXの失敗から立ち直るため、仮想通貨取引所は準備金証明監査に取り組んだのです。
準備金証明(PoR)の検証方法
準備金証明(PoR)の検証方法には、代表的な3つのアプローチがあります。具体的な方法は、以下のとおりです。
- 公開ウォレットアドレス
- 第三者監査
- マークルツリー
①公開ウォレットアドレス
公開ウォレットアドレスを使った方法では、取引所が顧客資金を保管する仮想通貨ウォレットのアドレスを公開します。顧客や規制当局は、ウォレットを確認することで準備金の存在を検証できます。
公開ウォレットアドレスによる準備金証明のメリットは、顧客がウォレットアドレスを監視することで、財務状況の異常を早期に発見できる点です。例えばウォレットの残高が突然減少した場合、不正行為の兆候と捉えることもできます。
ただし公開ウォレットでは、取引所が顧客の資金をどのように運用しているかは明らかにされません。取引所の負債に関する詳細もわからないため、支払い能力の判断には不十分と言えます。
②第三者監査
独立した第三者機関による監査は、取引所の準備金を公平に評価するためのシステムです。監査人は取引所の記録を調査し、保有資金が顧客への支払い額と一致していることを確認します。またアカウントのセキュリティを精査し、不正の兆候がないかチェックします。
第三者監査は、取引所による不正行為を防ぐ効果がありますが、専門知識を持つ公平な監査人を見つけるのが難しいケースもあります。また監査は、特定時点の財務状況のスナップショットを提供するに過ぎません。
③マークルツリー
最も効果的な準備金証明の1つが、マークルツリーを利用する方法です。マークルツリー(ハッシュツリーとも呼ばれる)は、データの検証と同期に使用されるデータ構造です。
マークルツリーを使用することで、個人情報を公開せずに全顧客の残高を集計することが可能です。集計されたデータには、マークルルートを通じてアクセス可能です。マークルルートは、データの改ざん検知に使われるツールで、監査人がブロックチェーン上の取引記録を効率的に確認するために利用されます。
仮想通貨取引所は、週次、月次、四半期ごとなど、定期的にマークルツリーベースのPoR証明書を発行できます。証明書は多くの場合、スナップショット形式で提供されます。一部の企業は、自社ウェブサイトでリアルタイムの証明書を提供し、準備金の最新状況を公開することで信頼を獲得しているのです。
準備金証明(PoR)の課題
準備金証明(PoR)監査の公開は、仮想通貨取引所が透明性を高めるための第一歩ですが、信頼を獲得するのに十分とは言えません。準備金証明ではプラットフォームの全体的なバランスシートと負債が明らかにならず、ユーザーが会社の財務状況を徹底的に検証することが困難なためです。
Ava LabsのCEO、エミン・ギュン・シラー氏は「準備金証明は良いスタートだが、有用であるためには負債証明と組み合わせる必要がある」と指摘しています。現状の方法では、準備金証明のために短期的な資金借り入れをするだけでごまかせる可能性があることを懸念しているのです。
さらに取引所が隠れた負債を抱えていたり、債権者が預金者に対して優先権を主張したりする可能性もあります。取引所がプラットフォーム上で顧客資産を法的に分離していない場合、問題はさらに深刻です。預金者に対する負債額が不明確であれば、ユーザーは財務状況の全体像の半分しか把握できません。
一方で、取引所に負債がないことを証明するのは容易ではありません。カーター氏は「負債を証明するのは難しく、通常は監査人による全面的な評価が必要となる」と述べ、取引所が準備金証明のために特定の負債を隠す可能性があると指摘しています。
上記の懸念点は、準備金証明監査の不十分さを示しています。財務透明性を実現するためには、準備金と負債の両方を適切に検証する仕組みが必要です。
大手取引所による準備金証明の公開
2022年にFTXが崩壊しビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨価格が暴落した後、複数の大手仮想通貨取引所が準備金証明監査レポートの公開を開始しました。世界最大の仮想通貨取引所であるBinanceをはじめ、OKX、Crypto.com、ByBitなども含まれます。
一方でKraken、Nexo、BitMEX、Gate.ioといった取引所や仮想通貨貸付プラットフォームは、2022年の暴落以前からすでに準備金証明監査を実施していました。透明性確保の重要性を早くから認識し、実践していた企業と言えるでしょう。
Coinbaseは、上場企業としての立場から異なるアプローチを取っています。同社は、証券取引委員会(SEC)に提出する監査済み財務書類を通じて、すでに準備金を証明していると主張しています。従来の金融規制の枠組みに沿った形での透明性確保の方法と言えるでしょう。
上記のような動きは、仮想通貨業界全体が透明性と信頼性の向上に向けて努力していることを示しています。FTXの崩壊を契機に、多くの取引所がユーザーの信頼回復のために積極的に行動を起こしたと言えます。一方で前述の懸念点も考慮すると、準備金証明監査の公開はあくまで第一歩であり、業界全体としてさらなる透明性向上の取り組みが求められていると言えるでしょう。
結論
中央集権型仮想通貨取引所は、マウントゴックス事件に比類するFTXの崩壊を受けて、コミュニティの信頼回復のために準備金証明(PoR)を採用しました。仮想通貨取引所が管理する顧客資産が、準備金として保有する資産額と一致していることを示す手段です。
しかし準備金証明だけでは、プラットフォームの支払い能力を完全に証明することはできません。全体的なバランスシートと負債が明らかにされないため、財務健全性を全面的に確認できないからです。
準備金証明は透明性向上への重要な一歩ではありますが、仮想通貨業界の信頼性を完全に回復するには不十分です。より包括的な財務透明性を実現するためには、準備金の証明に加えて、負債の開示や全面的な財務監査など、さらなる取り組みが必要となります。
仮想通貨マーケットには、セルフィッシュマイニング攻撃などの不正や詐欺も横行しています。ユーザーの資産を適切に保護し、健全な財務管理を行っていることを示すための、より強固で包括的な仕組みの構築が求められています。仮想通貨エコシステム全体の信頼性と安定性が向上し、長期的な成長と採用の促進につながるでしょう。